Windowsで印刷しようとしたら、いつもと違う挙動になっていた、あるいはプリンターの追加画面がこれまでと変わっていた――そう感じている方は少なくないはずです。これはWindowsアップデートの気のせいではなく、Microsoftが印刷の仕組みそのものを大きく刷新している最中だからです。2026年6月、Microsoftは新しい印刷基盤「Windows Ready Print」を正式発表し、2026年7月から段階的な展開を開始しました。これはWindows XP時代からほとんど変わってこなかった「メーカードライバーをインストールして印刷する」という仕組みを根本から見直す、10年ぶりの大改革と位置づけられています。
本記事では、Windows Ready Printとは何か、なぜ導入されるのか、いつから変わるのか、そして個人ユーザーや企業のIT管理者が今どう対応すればよいのかを、公式発表の内容をもとに整理して解説します。
目次
- 1. Windows Ready Printとは何か
- 2. 導入の背景ー印刷の仕組みはなぜ今変わるのか
- 3. セキュリティ強化の観点から見た意義
- 4. いつから変わる?展開スケジュールと基本方針
- 5. 個人ユーザーが確認しておきたい設定
- 6. 企業・IT管理者向けの設定と対応
- 7. 注意点・機能面でのトレードオフ
- 8. プリンターメーカー(OEM)への影響
- 9. ArmデバイスとCopilot+ PCへの対応
- 10. まとめー今すぐ何をすればいいか
1. Windows Ready Printとは何か
Windows Ready Printは、これまで「Modern Print Platform」と呼ばれていた印刷基盤をMicrosoftが改称し、あわせてアーキテクチャレベルの刷新を加えたものです。単なるブランド名の変更ではなく、中核にあるのは「プリンターメーカー独自のドライバー」から「Windows標準のIPPドライバー」への移行という、印刷の仕組みそのものの転換です。
IPP(Internet Printing Protocol)は、Mopria Allianceが推進する業界標準プロトコルで、メーカーに依存しない共通の通信仕様を提供します。Windowsにはすでにこの標準ドライバーが内蔵されており、Windows Ready PrintはこのドライバーをIPP対応プリンターとの既定の接続手段として前面に押し出す形になります。
2026年7月以降、対応デバイスへの新規プリンターインストールは、既定でこの新しいフローが使われるようになります。狙いは、ユーザーがメーカーの公式サイトで対応ドライバーを探してダウンロードするという従来の手間そのものをなくすことです。なお、この変更はすでにWindows 11 Insider Buildの最新版(Build 26300.8553)に実装されており、正式リリース前の検証段階にあります。
2. 導入の背景ー印刷の仕組みはなぜ今変わるのか
Windowsにおける印刷の仕組みは、長年ほとんど変わっていませんでした。プリンターを購入したらメーカーのドライバーをインストールし、Windows Updateや公式サイトから適切なバージョンを探して適用する――このプロセスは、Windows XPの時代から本質的に同じでした。その結果、IT管理者にとっては管理対象ドライバーが増え続けるという負担が、エンドユーザーにとっては互換性エラーやインストール失敗との格闘が、長らく「Windowsでの印刷」につきまとってきました。
Microsoftはこの状況を変えるべく、段階的な移行施策を進めてきました。2023年以降、Windows Updateを通じたサードパーティ製プリンタードライバーの配布を終了する方針を示し、IPPやeSCL(スキャン規格)への移行を推奨してきた経緯があります。2026年6月の発表は、こうした取り組みの集大成として、正式なブランド名と具体的な展開スケジュールを打ち出したものといえます。
3. セキュリティ強化の観点から見た意義
プリンタードライバーがセキュリティリスクの温床になり得ることは、以前からセキュリティコミュニティでよく知られています。2021年に発覚したWindows PrintNightmare脆弱性(CVE-2021-34527)は、Windows印刷スプーラーサービスの欠陥を突いたもので、システム全体の権限昇格を許してしまう深刻な問題でした。サードパーティ製ドライバーはカーネルと密接に連携するケースが多く、攻撃対象領域が広がりやすいという構造的な課題があります。
Windows Ready Printでは、Windowsが提供する標準IPPドライバーを経由することで、サードパーティのコードがカーネルモードで実行されるケースを減らす設計になっています。さらに「Windows Protected Print Mode」が有効な環境では、Windows Ready Printに対応していないプリンターはそもそもインストールできなくなります。これはセキュリティを最優先する企業環境向けの選択肢として位置づけられており、ゼロトラストのセキュリティポリシーを採用する組織にとっては有力な管理手段となりそうです。
あわせて、スキャン機能向けの標準プロトコルとしてeSCLも採用されています。eSCLはAppleが主導しMopria Allianceが標準化したもので、macOSやLinuxでも広く使われているため、クロスプラットフォームでの互換性という観点でも整合性が取れています。
4. いつから変わる?展開スケジュールと基本方針
Microsoftは新システムへの強制移行は行わず、段階的な移行を支援する複数の選択肢を用意しています。2026年7月以降、対応デバイスへの新規プリンターインストールは既定でWindows Ready Printのフローを使用するようになりますが、これはあくまで「新規インストール」に対する変更であり、すでに設定済みの既存プリンターの動作には影響しません。
つまり、今問題なく使えているプリンターが2026年7月を境に突然使えなくなる、と心配する必要はありません。既存のサードパーティ製ドライバーは引き続き導入でき、レガシードライバー特有の印刷機能を無効化する予定もないことが案内されています。影響が出やすいのは、新しいPCへの移行時、Windowsの再インストール時、プリンターの新規追加時といった場面です。
5. 個人ユーザーが確認しておきたい設定
個人ユーザー向けには、設定アプリからWindows Ready Printのオン・オフを切り替えることができます。以下のパスから確認してみてください。
設定 > Bluetoothとデバイス > プリンターとスキャナー > プリンターの設定
> 「Windows Ready Printを使用してプリンターをインストール」のオン/オフ
この設定は新規インストールのみに適用されるため、オフにしても現在使用中のプリンターのドライバーや印刷設定が変わることはありません。逆に、新しいプリンターを追加した際に「両面印刷の細かい設定ができない」「色味調整の項目が見当たらない」といった違和感がある場合は、この設定をオフにしたうえで、メーカー公式サイトから従来のOEMドライバーを手動でインストールし直すという選択肢があります。
- 今使っているプリンターに急な変化はない(既存設定には影響しない)
- 新しいプリンターを追加するときだけ挙動が変わる可能性がある
- 高度な印刷機能が必要な場合はOEMドライバーへの切り替えも検討する
6. 企業・IT管理者向けの設定と対応
企業のIT管理者向けには、グループポリシーエディターに新しいポリシー「Configure Windows Ready Print driver ranking」が追加されています。以下のパスから設定できます。
ローカル コンピューター ポリシー > 管理用テンプレート > プリンター
> Configure Windows Ready Print driver ranking
このポリシーを有効化するとWindows Ready Printドライバーの選択が優先され、無効化するとOEMドライバーが優先されるという、シンプルな二択になっています。全社展開で一括適用したい企業のIT部門と、特定の高機能プリンターについてはOEMドライバーを継続使用したいSOHO環境の双方に対応できる設計です。
ただし注意点として、Windows Protected Print Modeを有効化している場合は「Windows Ready Printを使用する」設定自体を無効化できない制約があります。セキュリティポリシーとして厳格に運用している組織では、事前にこの制約を踏まえた検証が必要です。専門的な印刷機能を使う部署がある場合は、全社展開の前にパイロットグループで実際の印刷品質や機能の可否を確認しておくことをおすすめします。
7. 注意点・機能面でのトレードオフ
OEMベンダーがIPP対応のコントロールパネルや高度な印刷設定(両面印刷の細かな制御やカラープロファイルの管理など)をどこまで標準ドライバーで提供できるかは、現時点では明確になっていません。業務用プリンターの多くはOEMドライバーでなければ利用できない独自機能を備えており、専門的な印刷を行う業種やSOHO環境にとっては機能面でのトレードオフが生じる可能性があります。
Microsoft自身も「すべての環境がすぐにWindows Ready Printへ移行できるわけではない」と認めており、その現実的な認識が移行計画の柔軟性にも反映されています。導入を急ぐ前に、自社で使用しているプリンター機種がIPP経由でどこまでの機能をサポートしているか、事前に確認しておくのが安全です。
8. プリンターメーカー(OEM)への影響
今回の変更が最も大きな影響を与えるのは、プリンターメーカー各社です。HP、Canon、Epson、Brotherといった主要OEMは、これまでWindows向けドライバーの開発・配布・サポートに多くのリソースを投じてきました。Windows Ready Printが普及すれば、ドライバー提供の必要性そのものが低下し、こうした投資の前提が変わっていくことになります。
長期的には、OEM依存からの脱却が明確な方向性であり、プリンターメーカーはIPPへの完全対応を前提とした製品設計へとシフトしていく圧力を受けることになりそうです。
9. ArmデバイスとCopilot+ PCへの対応
Windows Ready Printが対象とする範囲は、x86アーキテクチャのデバイスにとどまりません。MicrosoftはArm(ARM)ベースのWindowsデバイスも含めて、互換性と信頼性を統一する方針を明示しています。
これはSnapdragon搭載のSurface ProやCopilot+ PCカテゴリーが急速に普及するなかで重要な意味を持ちます。従来のOEMドライバーにはArm版が提供されていないものも多く、Armデバイスでのプリンター利用が不便なケースが少なくありませんでした。IPPベースの標準ドライバーはアーキテクチャに依存しないため、こうした格差を解消する効果が期待されます。あわせて、Mopria Allianceの規格はAndroidやLinux、ChromeOSでも広く採用されているため、Windowsが同じ基盤に乗ることは、エコシステム全体での印刷互換性向上にも寄与すると見られています。
10. まとめー今すぐ何をすればいいか
Windows Ready Printは、Windows XP時代からほぼ変わってこなかった印刷の仕組みを、IPPという業界標準に置き換える大きな転換点です。セキュリティ強化やドライバー管理の簡素化というメリットがある一方、業務用プリンターの高度な機能については当面注意が必要な部分もあります。今の時点で押さえておきたいポイントを整理すると、次のとおりです。
- 今使っているプリンターがいきなり使えなくなることはない(既存設定には影響しない)
- 2026年7月以降、新規プリンターの追加時にはWindows Ready Printの新フローが既定になる
- 個人ユーザーは「設定 > Bluetoothとデバイス > プリンターとスキャナー > プリンターの設定」からオン・オフを切り替え可能
- 高度な機能が必要な場合は、設定をオフにしてOEMドライバーを手動インストールする選択肢もある
- 企業のIT管理者はグループポリシー「Configure Windows Ready Print driver ranking」で制御でき、パイロット導入での事前検証がおすすめ
- Windows Protected Print Mode環境では、Windows Ready Printを無効化できない点に注意
今後、対応プリンターの具体的な機種範囲やOEMベンダーの対応状況が明らかになるにつれて、より詳細な移行ガイドラインが出てくることが予想されます。特に業務用プリンターを多く抱える企業では、Microsoftの公式発表や自社で利用しているプリンターメーカーのアナウンスを継続的にチェックしておくとよいでしょう。